こんばんわ~(´・ω・`)

最近忙しくて寝不足のYUGOです!!

今日、大学の経済史の授業で急に論述テストが出ました

「人類の歴史は滅亡の歴史だったのか?」という

テーマだったのですが、物事を論理的に

しかも自分なりの解釈をするための訓練という事で、

成績にはさほど影響はなさそうなんですが

いざ書いてみるとそこそこ書けた気もするんで

提出前に内容をコピーして残しときました

人類学の知識も無ければ歴史も大して知らない僕が

30分程度で書いた物なので稚拙な内容ですが

良かったら読んでください!(*^。^*)

ちなみに先生いわく、この問題に正確な答えは無くて

様々な解釈がアリらしいのですが、

僕は全否定しています(笑)


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問.人類の歴史は滅亡の為の歴史だったのか?

答えは「No」である。

私達が住む地球の、全生物の中で突出して知能が高いのが私達人類である。

しかし、その人類でさえ歴史を築いた理由などない。強いて言うならば、ただ生き延びて子孫を残している内に意図しない間に歴史になったにすぎないのだ。

歴史の始まりはあらゆる意図によるものでは無いと言える。したがって「滅亡させる」という意図によるものでもない。

しかし、人類の歴史を学ぶと、まるで滅亡に導かれているかのような錯覚を起こす事もある。

人類は作物を育てる知恵を得て、人口を増やし、より広い土地の獲得を目指し、やがて利害関係による争いに発展した。

これらの利害の衝突は物質的な奪い合いや奴隷の争奪へとなった。

簡潔に説明するならば、争いは人類の過剰なまでの欲望に起因すると言える。

もちろん他にも争う理由になるものもある。

他の動物がそうであるように、身の安全を守るためや子孫を残す為に争ったりもする。

人類が一番滅亡に近づいたのは「キューバ危機」であるが、米ソが対立し、人類がこれほどまで滅亡に近づいたのも、上記で触れたような「利害の衝突」と自らの国を守る為に相手国を先に”核”で攻撃するという発想による、いわば「自己の防衛」である。

キューバ危機はまさに人類が滅亡に向かって歩いているように見え、私達が人類の歴史は滅亡する為の歴史だと錯覚を起こしてしまう原因なのだ。

一つ間違えれば人類の歴史はキューバ危機の時に終わっていたかもしれないと言われているが、仮にここで滅亡していたとしたら、はたして「人類の歴史は滅亡する為の歴史だった」と言う事になるだろうか?

答えは当然「No」である。

なぜならば、人類は歴史を築く、つまり生き続けた結果滅亡したのであって、滅亡する為に生きたのでもなければ、滅亡する為に歴史を築いたのでもない。

「人類の歴史は滅亡する為の歴史である」という主張は、「歴史を築いた」という”原因”と、「滅亡する」という”結果”の因果関係を正しく理解できていないのである。

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以上です。

要所要所で言葉がおかしい気がしますね・・・

かなり同じ言葉何回も使ったんでグーグルとかで

「人類 歴史 滅亡」って検索したらもしかしたら

このブログがヒットしたら良いな~♪d('∀'o)

まあ多分核戦争が起きようと、誰か生き延びると僕は思います!

それでは、今日はこのへんで!

グッo(´・з・`)ノ))バァーイ